2022年1月30日日曜日

(いただいた本から)『アルファベット遊戯』青池薔薇館、澪標刊

 『アルファベット遊戯』(青池薔薇館、澪標刊)

アルファベットの文字から自由自在に発想をめぐらした味わい深い詩文集。

はじめに「英字ビスケット」にふれてこうある。
・・・
英字ビスケットは定番のおやつだった
たぶん、あれでアルファベットと出会ったのだろう
お絵描き張に何度も書いて覚えるのだが
漢字より易しいのですぐに頭に入った
・・・
子どもの頃に食べた英字ビスケットを懐かしく思い出しながら、愉快なエッセイの数々をたのしませてもらった。概要は次の目次のとおり。

 筆者には、まだお会いしたことがないが、こう紹介されています。
1954年 東京に生まれる。
本名 Seiji Muto
1992年より2020年まで、28年間の高知暮らしを経て、現在、比叡山の麓に棲息中。

出版社 ‏ : ‎ 澪標 (2021/12/24)
発売日 ‏ : ‎ 2021/12/24
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 80ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4860785274
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4860785277

定価 1800円+税



2022年1月20日木曜日

(いただいた本から)『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

 『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

詩人で装幀家の倉本修さんから。いささか難解だが、含蓄のこもった画文集。ひょっとしたら、世界を見つめる眼差しを考えさせてくれ、さまざまな発見につながりそうだ。

<出版社の案内から>


黙示し隠る[画と文]。群を抜く泥濘の中を抜け あなたは□型・○型・△型のヒントを孕む「芸術のルール」を発見するだろう。栞・阿木津英/小池昌代/宗近真一郎/四元康祐

高貴にして、卑俗、卑俗にして、高貴。これが倉本修と最初に会ったときの印象であった。

そして奇妙なことに(と言うべきだろうか)、それがこの散文集を読んだあとの印象でもあった。

文は人なり、人は文なり、と言うべきであろうか。(吉田文憲)


2 箱の中の玉葱
[Onion]

玉葱をユリ科に分類することは、
トラをネコというようなものだ。トラが立派なように
彼女はユリより美しく、橙色の薄皮をまとい燦然と輝くその姿は、
戦旗を翻すオルレアンの乙女のように勲しい。
10センチ程度の立方体の箱の中には一つの子窓があり、皮を剥かれ
た一つの玉葱が見える。正確にはその表被、彼女の白い肌のきらめき
が見える。豊かな収穫の成果を誇る張艶、眩しいばかりの輝きはちょ
うど高麗の陶磁器のようだ。
 触ってみたい、匂いを嗅ぎ、頬ずりしてみたいと誰しも思う。しか
し、彼女は地下茎の女。体内にはちいさな虫を多く内包している。迂
闊に顔を近づけたりしたら、それなりの感染があるだろう。玉葱は茎
に養分をたくわえた葉が何層にも重なったものだから、虫たちはその
各々の透き間に棲むことになる。
 いちばん外の葉から順に、中肉厚虫、肉厚虫、極肉厚虫そしてそれ
らは逆転しつつ、最後には玉葱の芯に到る。虫は芯には辿󠄀り着けない
が、やわらかで芳しいその芯は彼女の精神を形成し、静かに虫以外の
何ものかを受け入れる準備をしている。虫が棲めないはずのそこには、
放角線上に美を貶め諜る小さな何かがいる。何もの?
 彼女は一人一つの箱に棲まいする。特別な栽培? いや、そのよう
なことはない。風が強いと箱との軋轢が起き、僅かな摺音が聞こえる。
彼女の白い肌が傷つかないように、かの乙女の如くしなやかで堅牢な
コートを羽織っていただかねばなるまい。


26 子どもの風景
[The landscape of the child]

よし、という声が聞こえる。かれは紐を引っ張った。その紐が言う。
わたしは息の吸い方を知らない。
わたしは息の吐き方を知らない。
わたしはわたしを支えるべき、なにもかもを知らないのだ。
紐曰く、そも「わたし」とは何なのだ?
 あらかじめ設定された張力の限界を超えたとき、かれはひきち切れ「息の止め方」をはじめて知るのだろう。
 子どもらは、猿にしか興味を示さない。猿に導かれ立派な猿に育つまでの一本の川。その川筋に添うように流れ刻される幾重の轍がみえる…遊戯の跡、病みの跡、戦慄の跡、名をもたない多くの痕跡がある。
喉頭の痛みゆえに、口を噤む猿たちのなんという愛おしさよ。
 「わたしが42年前に受け取った手紙を再び開く気になったのは、不思議な羽根つき猿を見たからです。恐ろしく危険なその生き物は、ばらばらになることで一瞬にして闇に消えてゆきました。それが何なのか、わたしには推し測ることが出来ないのです」アルフレッドは述懐する。
 歳月をかけたちいさな川は大河と合流する。流され、沈んでいった羽根つき猿の残骸は、其処此処に浮かび上がり漸く光りを得る。それらを手にとり、かれは河を憎み涙し、そして嘔吐するだろう。
 わたしはそろそろ此処を去ろうと思う。羽根をもたない息子と二人。
 昊は笑って見送ってくれるだろう。

画文集
2020/05/30発行
A5判変形 148X180 並製

1,980円(税込)