2022年1月20日木曜日

(いただいた本から)『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

 『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

詩人で装幀家の倉本修さんから。いささか難解だが、含蓄のこもった画文集。ひょっとしたら、世界を見つめる眼差しを考えさせてくれ、さまざまな発見につながりそうだ。

<出版社の案内から>


黙示し隠る[画と文]。群を抜く泥濘の中を抜け あなたは□型・○型・△型のヒントを孕む「芸術のルール」を発見するだろう。栞・阿木津英/小池昌代/宗近真一郎/四元康祐

高貴にして、卑俗、卑俗にして、高貴。これが倉本修と最初に会ったときの印象であった。

そして奇妙なことに(と言うべきだろうか)、それがこの散文集を読んだあとの印象でもあった。

文は人なり、人は文なり、と言うべきであろうか。(吉田文憲)


2 箱の中の玉葱
[Onion]

玉葱をユリ科に分類することは、
トラをネコというようなものだ。トラが立派なように
彼女はユリより美しく、橙色の薄皮をまとい燦然と輝くその姿は、
戦旗を翻すオルレアンの乙女のように勲しい。
10センチ程度の立方体の箱の中には一つの子窓があり、皮を剥かれ
た一つの玉葱が見える。正確にはその表被、彼女の白い肌のきらめき
が見える。豊かな収穫の成果を誇る張艶、眩しいばかりの輝きはちょ
うど高麗の陶磁器のようだ。
 触ってみたい、匂いを嗅ぎ、頬ずりしてみたいと誰しも思う。しか
し、彼女は地下茎の女。体内にはちいさな虫を多く内包している。迂
闊に顔を近づけたりしたら、それなりの感染があるだろう。玉葱は茎
に養分をたくわえた葉が何層にも重なったものだから、虫たちはその
各々の透き間に棲むことになる。
 いちばん外の葉から順に、中肉厚虫、肉厚虫、極肉厚虫そしてそれ
らは逆転しつつ、最後には玉葱の芯に到る。虫は芯には辿󠄀り着けない
が、やわらかで芳しいその芯は彼女の精神を形成し、静かに虫以外の
何ものかを受け入れる準備をしている。虫が棲めないはずのそこには、
放角線上に美を貶め諜る小さな何かがいる。何もの?
 彼女は一人一つの箱に棲まいする。特別な栽培? いや、そのよう
なことはない。風が強いと箱との軋轢が起き、僅かな摺音が聞こえる。
彼女の白い肌が傷つかないように、かの乙女の如くしなやかで堅牢な
コートを羽織っていただかねばなるまい。


26 子どもの風景
[The landscape of the child]

よし、という声が聞こえる。かれは紐を引っ張った。その紐が言う。
わたしは息の吸い方を知らない。
わたしは息の吐き方を知らない。
わたしはわたしを支えるべき、なにもかもを知らないのだ。
紐曰く、そも「わたし」とは何なのだ?
 あらかじめ設定された張力の限界を超えたとき、かれはひきち切れ「息の止め方」をはじめて知るのだろう。
 子どもらは、猿にしか興味を示さない。猿に導かれ立派な猿に育つまでの一本の川。その川筋に添うように流れ刻される幾重の轍がみえる…遊戯の跡、病みの跡、戦慄の跡、名をもたない多くの痕跡がある。
喉頭の痛みゆえに、口を噤む猿たちのなんという愛おしさよ。
 「わたしが42年前に受け取った手紙を再び開く気になったのは、不思議な羽根つき猿を見たからです。恐ろしく危険なその生き物は、ばらばらになることで一瞬にして闇に消えてゆきました。それが何なのか、わたしには推し測ることが出来ないのです」アルフレッドは述懐する。
 歳月をかけたちいさな川は大河と合流する。流され、沈んでいった羽根つき猿の残骸は、其処此処に浮かび上がり漸く光りを得る。それらを手にとり、かれは河を憎み涙し、そして嘔吐するだろう。
 わたしはそろそろ此処を去ろうと思う。羽根をもたない息子と二人。
 昊は笑って見送ってくれるだろう。

画文集
2020/05/30発行
A5判変形 148X180 並製

1,980円(税込)

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