(50年前の今日)1968年1月5日の日録から。
沖縄から本土に戻る。
・船のデッキで、中山さんからたくさんの労働歌を教えてもらう。中山さんはうたごえ運動をやっていたようだ。
14時30分、鹿児島港に入港。15時、下船。西鹿児島駅前の食堂で、中山さんとすき焼きを食べ、再会を期して乾杯!(結局、その後、再会することはなかった。それにしても、よくお酒を飲んでいる!)
22時40分、荒尾の自宅に戻る。
2018年1月5日金曜日
2018年1月4日木曜日
(50年前の今日)1968年1月4日の日録から。
(50年前の今日)1968年1月4日の日録から。
沖縄にて。
・沖縄に来るとき船中で知り合った名古屋の中山さん(確かトヨ・ストーブに勤務していた)と合流し、国際通りで買い物をした。
・その後、叔父(竹原巌さん)の戦友だった琉球銀行支店長の中村さんに挨拶に行き、中山さんといっしょに昼食をご馳走になる。
・午後、那覇の港から船に乗り込む。多くの人が見送りにきていて、たくさんの鮮やかな紙テープが波打ち、乗客との間をつないでいた。「沖縄を返せ」の合唱が流れ、いろんな団体間でマイクによる挨拶の声が響き渡っていた。ある中学生は日の丸の旗を振っていた。
ぼんやりと見送りの人たちをデッキで眺めていると、岸壁の最前列で、しきりに手を振り、「自分の胸を指して、僕だよ、僕だよ!」と言っている人がいた。
旅の途中、「泊めてもらおう」と突然、飛び込んでいった真和志中学校の先生だった。その夜、先生たちの忘年会をやっていて、見ず知らずの私の歓迎会に切り替えてくれたひとだ。
船の別れは、惜別の情を駆り立てる。あの時の光景は忘れられない。
(下の写真は、真和志中学校の宿直室にて)
沖縄にて。
・沖縄に来るとき船中で知り合った名古屋の中山さん(確かトヨ・ストーブに勤務していた)と合流し、国際通りで買い物をした。
・その後、叔父(竹原巌さん)の戦友だった琉球銀行支店長の中村さんに挨拶に行き、中山さんといっしょに昼食をご馳走になる。
・午後、那覇の港から船に乗り込む。多くの人が見送りにきていて、たくさんの鮮やかな紙テープが波打ち、乗客との間をつないでいた。「沖縄を返せ」の合唱が流れ、いろんな団体間でマイクによる挨拶の声が響き渡っていた。ある中学生は日の丸の旗を振っていた。
ぼんやりと見送りの人たちをデッキで眺めていると、岸壁の最前列で、しきりに手を振り、「自分の胸を指して、僕だよ、僕だよ!」と言っている人がいた。
旅の途中、「泊めてもらおう」と突然、飛び込んでいった真和志中学校の先生だった。その夜、先生たちの忘年会をやっていて、見ず知らずの私の歓迎会に切り替えてくれたひとだ。
船の別れは、惜別の情を駆り立てる。あの時の光景は忘れられない。
(下の写真は、真和志中学校の宿直室にて)
2018年1月3日水曜日
(50年前の今日)1968年1月3日の日録から。
(50年前の今日)1968年1月3日の日録から。
沖縄にて
・朝、目を覚めると、キャプテンはすでに出かけており、奥さんと基地労働者のお姉さんが口論していた。「米軍は基地労働者の健康診断の名目で、採血し、それをベトナムで傷ついた米兵の治療に使っている。米軍は吸血鬼だ」と、そのお姉さんは怒っていた。
・コザ市の市会議員、新崎さんと知り合いになり、新崎さんの車で嘉手納基地内に入って、見学する。ゴルフ場まである広大な基地に驚かされる。
・この晩も米兵の宿舎に泊まっている。
沖縄にて
・朝、目を覚めると、キャプテンはすでに出かけており、奥さんと基地労働者のお姉さんが口論していた。「米軍は基地労働者の健康診断の名目で、採血し、それをベトナムで傷ついた米兵の治療に使っている。米軍は吸血鬼だ」と、そのお姉さんは怒っていた。
・コザ市の市会議員、新崎さんと知り合いになり、新崎さんの車で嘉手納基地内に入って、見学する。ゴルフ場まである広大な基地に驚かされる。
・この晩も米兵の宿舎に泊まっている。
2018年1月2日火曜日
(50年前の今日)1968年1月2日の日録から
(50年前の今日)1968年1月2日の日録から
沖縄にて
観光バスで南部戦跡めぐりをする。バスのなかで、「沖縄を返せ」の合唱が起きる。
伊佐に歩いて向かう途中、帽子を落としたのをみていた米兵が「ヘイ! 帽子を落としたぞ」と拾ってくれた。そのまま米兵の嘉手納基地内の宿舎に泊めてくれた。奥さんは沖縄の人だった。(旅って、なにをきっかけに誰と知り合えるか、わからない。楽しいものだ、と実感した)
沖縄にて
観光バスで南部戦跡めぐりをする。バスのなかで、「沖縄を返せ」の合唱が起きる。
伊佐に歩いて向かう途中、帽子を落としたのをみていた米兵が「ヘイ! 帽子を落としたぞ」と拾ってくれた。そのまま米兵の嘉手納基地内の宿舎に泊めてくれた。奥さんは沖縄の人だった。(旅って、なにをきっかけに誰と知り合えるか、わからない。楽しいものだ、と実感した)
2018年1月1日月曜日
(50年前の今日)2018年始まる。
(50年前の今日)2018年始まる。
新しい年が明けた。
この春には69歳になる。父が亡くなった歳を迎えることになる。
折にふれて、50年前の青春の日々を振り返りながら、日録を続けてみたくなった。、
50年前の1968年1月1日はどんな年だったのか。
18歳のときの日録を見てみると。
沖縄にて
1967年12月30日夜、那覇の波之上宮を回り、前島小学校の宿直室泊。
31日深夜、沖縄戦最後の激戦地、摩文仁の丘に訪ね、夜を過ごし、初日の出を見る。
寒くて「泡盛」をしこたま飲んで、過ごしたことを覚えている。
この日は、コザ市(現沖縄市)の越来中学校の宿直室に泊めてもらっている。
また「知念、仲宗根、中村先生とBARに飲みにいく。BARにいくのは初体験」とある。さらに中村先生から「人間グズになれ、何ができるというのか」という言葉が印象に残るとも記している。
新しい年が明けた。
この春には69歳になる。父が亡くなった歳を迎えることになる。
折にふれて、50年前の青春の日々を振り返りながら、日録を続けてみたくなった。、
18歳のときの日録を見てみると。
沖縄にて
1967年12月30日夜、那覇の波之上宮を回り、前島小学校の宿直室泊。
31日深夜、沖縄戦最後の激戦地、摩文仁の丘に訪ね、夜を過ごし、初日の出を見る。
寒くて「泡盛」をしこたま飲んで、過ごしたことを覚えている。
この日は、コザ市(現沖縄市)の越来中学校の宿直室に泊めてもらっている。
また「知念、仲宗根、中村先生とBARに飲みにいく。BARにいくのは初体験」とある。さらに中村先生から「人間グズになれ、何ができるというのか」という言葉が印象に残るとも記している。
2017年3月30日木曜日
「炭鉱の記憶と関西ー三池炭鉱閉山20年展ー」に向けたプレ上演会から。本展まであと1カ月です。
炭住落語「あの日の炭坑節」
5月5日(金・祝)~9日(火)、エルおおさか9階ギャラリーで開催の「炭鉱の記憶と関西─三池炭鉱閉山20周年─」(主催:エル・ライブラリー、関西・炭鉱と記憶の会)での上演本番に向けて、作・上演は笑福亭仁勇師匠。三池炭鉱を支えた労働者が生活した炭鉱住宅をテーマに。
○炭住落語「あの日の炭坑節」(1部)
https://www.youtube.com/watch?v=nFHQHV6fQQ8
〇「炭鉱社宅の想い出ー三池炭鉱労働者の娘としてー」(東川絹子さん)
https://www.youtube.com/watch?v=UKA_lDG6c7k&t=2084s
2017年2月21日火曜日
『「現在」に挑む文学―村上春樹・大江健三郎・井上光晴ー』をいただいて
(いただいた本から)
『「現在」に挑む文学―村上春樹・大江健三郎・井上光晴ー』松山愼介著
「10・8山崎博昭プロジェクト」の関西運営委員会の世話人をしているN氏から新著をいただいた。
表題の『「現在」に挑む文学』について、
「『現在』においては、我々が対決すべきものの姿は明白ではない。一九六八年を中心とする時代においては、敵はアメリカのベトナム戦争を支持する日本の国家権力であり、その具体的現れとしての警察機動隊という暴力装置であった。だが八〇年代から現代にかけて世界のグローバル化は一段と進み、『現在』の敵は不可視のも(の)となっている。この『現在』と対決するものとして文学の役割は大きい。むしろ文学こそが、その役割を果たせるのではないだろうか」
と語り、3人の文学者を論じている。
一読し、村上春樹と同時代にキャンパスの空気を吸っていたことをあらためて思い起こしながら、筆者の克明な読み解きに感心した。さらに井上光晴について谷川雁との交流、政治と文学について考えさせられた。
出版社の紹介文から
●内容紹介
世界史の構造が生々しく、劇的に変化する現代社会。遠い世界の出来事が日々、この島国日本にも打ち寄せる。もはや政治だけでは解決できない問題が洪水のように存在する時代になった。個人が世界と向き合う時代である。 著者は、村上春樹・大江健三郎・井上光晴、3人の作家が「現在」にどのような姿勢で挑んでいるのかをテーマに、「死と戦争」について深く思索する。あらためて今日的な文学とは何か、という視点も提起している。 ー――今日を生きる若者へーーー 政と性と生の「現在」をえがいた三人の作家。“日本"“戦争"“個人"の時代が立ち上がる痛快な文学的入門書。
●内容(「BOOK」データベースより)
今日を生きる若者へ!!―政と性と生の「現在」をえがいた三人の作家。“日本”“戦争”“個人”の時代が立ち上がる、痛快な文学的入門書。
単行本: 374ページ
出版社: 響文社 (2017/1/13)
言語: 日本語
ISBN-10: 4877991298
ISBN-13: 978-4877991296
『「現在」に挑む文学―村上春樹・大江健三郎・井上光晴ー』松山愼介著
「10・8山崎博昭プロジェクト」の関西運営委員会の世話人をしているN氏から新著をいただいた。表題の『「現在」に挑む文学』について、
「『現在』においては、我々が対決すべきものの姿は明白ではない。一九六八年を中心とする時代においては、敵はアメリカのベトナム戦争を支持する日本の国家権力であり、その具体的現れとしての警察機動隊という暴力装置であった。だが八〇年代から現代にかけて世界のグローバル化は一段と進み、『現在』の敵は不可視のも(の)となっている。この『現在』と対決するものとして文学の役割は大きい。むしろ文学こそが、その役割を果たせるのではないだろうか」
と語り、3人の文学者を論じている。
一読し、村上春樹と同時代にキャンパスの空気を吸っていたことをあらためて思い起こしながら、筆者の克明な読み解きに感心した。さらに井上光晴について谷川雁との交流、政治と文学について考えさせられた。
出版社の紹介文から
●内容紹介
世界史の構造が生々しく、劇的に変化する現代社会。遠い世界の出来事が日々、この島国日本にも打ち寄せる。もはや政治だけでは解決できない問題が洪水のように存在する時代になった。個人が世界と向き合う時代である。 著者は、村上春樹・大江健三郎・井上光晴、3人の作家が「現在」にどのような姿勢で挑んでいるのかをテーマに、「死と戦争」について深く思索する。あらためて今日的な文学とは何か、という視点も提起している。 ー――今日を生きる若者へーーー 政と性と生の「現在」をえがいた三人の作家。“日本"“戦争"“個人"の時代が立ち上がる痛快な文学的入門書。
●内容(「BOOK」データベースより)
今日を生きる若者へ!!―政と性と生の「現在」をえがいた三人の作家。“日本”“戦争”“個人”の時代が立ち上がる、痛快な文学的入門書。
単行本: 374ページ
出版社: 響文社 (2017/1/13)
言語: 日本語
ISBN-10: 4877991298
ISBN-13: 978-4877991296
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