2015年11月18日水曜日

元喫茶店「獨木舟」店主、田中元三さん逝去の知らせ。

元喫茶店「獨木舟」店主、田中元三さん逝去の知らせが届く。

阪神尼崎駅南側にあった喫茶店「獨木舟」店主、田中元三さんが10月30日、83歳にて急逝された、と田中さんの家族から手紙が届いた。

田中さんが生前に準備していた<お別れの言葉>を添えて。
そこには、田中さんの生涯愛していた詩人、伊東静雄の詩「曠野の歌」の「わが死せむ美しき日のために」が引用され、感謝の言葉が述べられていた。
 喫茶店の名前「獨木舟」も伊東静雄の詩からとり、伝票にもその詩が書かれていた。

この喫茶店には1973年、毎日新聞阪神支局に赴任して新聞記者1年生のとき、一人でよく通ったものだ。尼崎の警察周りをしながら、夕暮れとき、入り口近くのカウンターに座り込んでは、新米の記者としていろいろ取材して驚いたことなどを勝手にしゃべり、、田中さんはサイフォンコーヒーをかき混ぜながらにこやかにうなづきながら、聞いてくれた。

それからあちこち転々し、2007年にぶらりと店を訪れると、「本当におひさしぶりですね」とうれしそうに迎えてくれた。あれから34年も経っているのに、私のことをしっかりと覚えてくれていたのだ。そして「でも、駅前再開発にかかり、店は来年閉めます」という。とても残念そうだった。

詩の朗読会などが開かれ、文学サロンとしてさまざまな人たちの交流の場にもなっていたのだ。その後、田中さんは伊東静雄や佐伯祐三らに寄せた静謐で、美しい文章で綴られた随想などを送っていただき、それにはいつも「厳しい批評を」という言葉が添えられていた。

先日ふと田中さんのことを思い出し、私がこの夏に亡くなった沖浦和光さんの追想記を小冊子にして送付したところ、田中さんの家族から訃報を知らされたのだ。手紙には、腎臓の悪性リンパ腫を患って死を迎える田中さんの姿が詳細に書かれていた。どこか不思議な縁を感じざるをえない。合掌。







2015年11月13日金曜日

【年表】 子どもの事件 1945-2015

(お送りいただいた本から)

沖浦和光さんを偲ぶ会で、ひさしぶりにお会いした市民活動家の山本健治さんからお送りいただいた。
山本さんとは、私が1980年代初め、毎日新聞社高槻駐在をしていたころから親しくさせていただき、いろんな情報を教えてもらい、たくさんの刺激を受けた人だ。
本には「子どもたちの置かれている状況を憂いつつ、少しでも良くなること願いつつ」という寄せ書きがありました。


【年表】 子どもの事件 1945-2015
著者山本 健治 【著】

出版社柘植書房新社
発売日
2015年11月
発行形態単行本 ISBN9784806806790
税込価格3,240円

目次

第1期 1945〜51年 敗戦による混乱と価値観崩壊、貧困と不足・不満の時代—道徳・倫理の崩壊、生きんがための犯罪、夢も希望もない自暴自棄の犯罪

第2期 1952〜64年 復興から経済成長、渇望から欲望の実現と不満の爆発—練鑑ブルースから暴力教室、カミナリ族から暴走族へ、不良少年が非行少年に

第3期 1965〜83年 いざなぎ景気から石油危機、安定成長への転換が不安の時代—ベビーブーム世代が大人になり戦後第2の子捨て・子殺し時代に。その子は親殺し

第4期 1984〜97年 安定成長・構造転換からバブル経済、そして破綻・長期不況—鬱屈時代が生み出す残虐不可解殺人、大人社会のイジメが子どもの世界でも

第5期 1998〜2010年 バブル破綻不況に、リーマンショックが追い打ち—生活保護世帯・無職男性・ワーキングプアーの増加と子どもへの虐待・DV問題化

第6期 2011〜15年 政権交代幻想の破綻、東北大震災、政権は元に戻ったものの新たな不安—減らない子どもに対する虐待、再び増えているイジメ・不登校、そして引きこもり

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

山本/健治
1943(昭和18)年大阪生まれ。1966(昭和41)年立命館大学法学部卒業後、大阪読売広告社、村田製作所勤務。1975~83(昭和50~58)年高槻市議。1983~87(昭和58~62)年大阪府議。市民派地方議員として活動した後、著述業に転じ、夕刊紙・経済誌等に記事を発表し単行本も発行していた一方で、みんなで保育所をつくり、その社会福祉法人理事として、子どもをめぐる問題に関わってきた。同時に環境問題の市民運動の世話役としても活動してきた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

2015年11月8日日曜日

☆「【大阪発】アカンで、日本!―理工系にとっての戦争―」


☆「【大阪発】アカンで、日本!―理工系にとっての戦争―」
11月7日(土)13:30開場、14:00開演
場所:御堂会館・南館5階ホール
大阪市中央区久太郎町4-1-11
講師 山本義隆(科学史家、元東大全共闘議長)
 「日本の科学技術―理工系にとっての戦争」
講師 白井 聡(政治学者、京都精華大学専任講師)
 「ネオリベラリズムと反知性主義」
参加費:1500円
◎参加ご希望の方は、「参加お申し込み」ページ(公式ホームページ http://yamazakiproject.com/内)からお願いします。(定員になり次第、締め切りとさせていただきます)
主催:10・8山﨑博昭プロジェクト大阪事務局
北本法律事務所内 FAX: 06-6365-0009
公式ホームページ http://yamazakiproject.com/
E-mail monument108@gmail.com
協賛:一般社団法人 大阪自由大学(Osaka Freedom University)


2015年11月3日火曜日

沖浦さんを偲ぶ会

しのぶ会:民俗学者の沖浦和光さん 大阪で300人が送る

毎日新聞 2015年11月04日 20時55分(最終更新 11月04日 22時46分)

今年7月に亡くなった桃山学院大名誉教授、沖浦和光さんをしのぶ会。中学教諭時代の教え子でタレントのなべおさみさんが思い出を語った=大阪市港区のホテル大阪ベイタワーで2015年11月3日、中村美奈子撮影
今年7月に亡くなった桃山学院大名誉教授、沖浦和光さんをしのぶ会。中学教諭時代の教え子でタレントのなべおさみさんが思い出を語った=大阪市港区のホテル大阪ベイタワーで2015年11月3日、中村美奈子撮影

 聞き取り調査を通じて被差別民の歴史を発掘した民俗学者で、今年7月に88歳で亡くなった沖浦和光(かずてる)さんをしのぶ会が3日、大阪市港区のホテルで開かれた。約300人が出席し、故人の足跡に思いをはせた。
 沖浦さんは東京都大田区立中学での英語教諭を経て桃山学院大教授、同学長を務めた。被差別部落の住民や海や山で暮らす漂泊民に会い、生活や文化、芸能について聞き取るフィールドワークを重視した。研究で何度も通ったインドネシアの海に今年8月散骨され、会場では沖浦さんの講演風景や散骨の様子が映し出された。
 中学教諭時代の教え子だったタレントのなべおさみさんが、当時の思い出を披露した。「沖浦先生は野球部の先生で、部員に『ええなあ、キャッチングええぞ。キャッチャーって言うやろ、つかまえるっちゅうことや』と温かく話しかけ、何の変哲もない選手が名選手に変わった。試合は負け知らずになり、私たちは沖浦先生のたなごころに踊らされていた孫悟空でした」と懐かしんだ。【中村美奈子/デジタル報道センター】

2015年10月31日土曜日

(送られてきた本から)

社会学の起源―創始者の対話

桃山学院大学教授の竹内真澄さんから

内容紹介

本書は 多少風変わりな社会学史のテキストである。社会学は一九世紀中盤に誕生した。なぜ、いかなる理由で社会学は生まれたのか。社会学の創始者たちが、時代をどう読み解き、何を意図し、いかに学問創造に関わったのかを探ってみたい。この作業を通じて「社会学の起源」を検討するのが本書の目的である。
多少風変わりだというのは、筆者が解説する手法ではなく、社会学の創始者であるコント、スペンサー、マルクスが互いに語り合うというやり方をとった点だ。副題の「創始者の対話」というのはその意味である。(「はじめに」より)

著者について

竹内 真澄
1954 年 高知県生まれ
1982 年 立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学
現 在 桃山学院大学社会学部教授、
京都自由大学講師

2015年9月21日月曜日

世界遺産登録後の三池炭鉱跡めぐり

世界遺産登録後の三池炭鉱跡を歩いてきました。

ひさしぶりに三池炭鉱の宮原鉱跡(大牟田市)に行くと、駐車場が整備され、観光バスがきていて、つぎつぎと見学者がおとずれていたのに、目を見張りました。




 駐車場にある公衆トイレ。
炭鉱電車の形をしていたのがおもしろい。
 宮浦坑口の煙突