元喫茶店「獨木舟」店主、田中元三さん逝去の知らせが届く。
阪神尼崎駅南側にあった喫茶店「獨木舟」店主、田中元三さんが10月30日、83歳にて急逝された、と田中さんの家族から手紙が届いた。
田中さんが生前に準備していた<お別れの言葉>を添えて。
そこには、田中さんの生涯愛していた詩人、伊東静雄の詩「曠野の歌」の「わが死せむ美しき日のために」が引用され、感謝の言葉が述べられていた。
喫茶店の名前「獨木舟」も伊東静雄の詩からとり、伝票にもその詩が書かれていた。
この喫茶店には1973年、毎日新聞阪神支局に赴任して新聞記者1年生のとき、一人でよく通ったものだ。尼崎の警察周りをしながら、夕暮れとき、入り口近くのカウンターに座り込んでは、新米の記者としていろいろ取材して驚いたことなどを勝手にしゃべり、、田中さんはサイフォンコーヒーをかき混ぜながらにこやかにうなづきながら、聞いてくれた。
それからあちこち転々し、2007年にぶらりと店を訪れると、「本当におひさしぶりですね」とうれしそうに迎えてくれた。あれから34年も経っているのに、私のことをしっかりと覚えてくれていたのだ。そして「でも、駅前再開発にかかり、店は来年閉めます」という。とても残念そうだった。
詩の朗読会などが開かれ、文学サロンとしてさまざまな人たちの交流の場にもなっていたのだ。その後、田中さんは伊東静雄や佐伯祐三らに寄せた静謐で、美しい文章で綴られた随想などを送っていただき、それにはいつも「厳しい批評を」という言葉が添えられていた。
先日ふと田中さんのことを思い出し、私がこの夏に亡くなった沖浦和光さんの追想記を小冊子にして送付したところ、田中さんの家族から訃報を知らされたのだ。手紙には、腎臓の悪性リンパ腫を患って死を迎える田中さんの姿が詳細に書かれていた。どこか不思議な縁を感じざるをえない。合掌。
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