12:00~20:00
会場は
大阪市阿倍野区阿倍野筋2-1-40
「あべのand」
。入場無料。
2018年8月16日木曜日
2018年8月13日月曜日
(いただいた本から)「大阪万博が日本の都市を変えた」吉村元男著
「大阪万博が日本の都市を変えた:工業文明の功罪と「輝く森」の誕生 」
吉村元男 (著)
内容紹介
1970年、歴史が動く瞬間——
万博開催後、緑の再生をめざした意義を歴史の中に位置づけ、捉えなおす試み。
1970年、大阪万博。その開催のために切り開かれ、更地となった会場の跡地が森に生まれ変わるという奇跡は、いかにして可能になったのか。本書は、万国博覧会や都市における公園の歩みを通じて、今までの日本と世界の歴史を振り返り、これからの文明の姿を模索するものである。
持続可能な生物多様性社会に向けた公園・都市・文明のあり方を、大阪万博および万博公園の計画に携わった環境プランナーである著者が、これまでの総括とともに提言する。
[主な目次]
まえがき——大阪万博から万博の森へ
第I部 大阪万博以前
第1章 日本は、万国博覧会とどうかかわったのか
第2章 内国博覧会から始まった万国博覧会
第3章 幻に終わった戦前の万国博覧会
第4章 アジア初の万国博覧会——大阪万博開催
第5章 万博会場の設計思想
第II部 大阪万博以後
第6章 「人と自然の新しい関係の再建」をめざした都市公園への転換
第7章 国立民族学博物館の誕生
第8章 太陽の塔は、残った
第9章 地球環境時代の新種の公園
第10章 巨大都市の功罪
第11章 2070年の万博公園の未来に向けて
参考文献
あとがき——都市の中に、森をつくるということ
吉村元男 (著)
内容紹介
1970年、歴史が動く瞬間——
万博開催後、緑の再生をめざした意義を歴史の中に位置づけ、捉えなおす試み。
1970年、大阪万博。その開催のために切り開かれ、更地となった会場の跡地が森に生まれ変わるという奇跡は、いかにして可能になったのか。本書は、万国博覧会や都市における公園の歩みを通じて、今までの日本と世界の歴史を振り返り、これからの文明の姿を模索するものである。
持続可能な生物多様性社会に向けた公園・都市・文明のあり方を、大阪万博および万博公園の計画に携わった環境プランナーである著者が、これまでの総括とともに提言する。
[主な目次]
まえがき——大阪万博から万博の森へ
第I部 大阪万博以前
第1章 日本は、万国博覧会とどうかかわったのか
第2章 内国博覧会から始まった万国博覧会
第3章 幻に終わった戦前の万国博覧会
第4章 アジア初の万国博覧会——大阪万博開催
第5章 万博会場の設計思想
第II部 大阪万博以後
第6章 「人と自然の新しい関係の再建」をめざした都市公園への転換
第7章 国立民族学博物館の誕生
第8章 太陽の塔は、残った
第9章 地球環境時代の新種の公園
第10章 巨大都市の功罪
第11章 2070年の万博公園の未来に向けて
参考文献
あとがき——都市の中に、森をつくるということ
2018年8月10日金曜日
(いただいた本から)炭鉱町に咲いた原貢野球ー三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡
炭鉱町に咲いた原貢野球ー三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡
澤宮優著、集英社文庫
私が高専2年生の夏。大牟田の町が喜びに湧き上がった光景を覚えている。地方の公立学校に通う地元の高校生たちによる優勝は、久しく見ることはなくなった。
筆者の澤宮さんは熊本県出身で約20年前からの友人で、たくさんのノンフィクション作品を執筆している。
これを読んで、阪神の眞弓明信選手も大牟田出身だったことを知りました。
本の紹介文から
三池工業高校野球部監督・原貢氏。球界のエース菅野智之投手の祖父であり、元WBC日本代表監督の原辰徳氏の父である。1965年、伝説の甲子園初出場、初優勝に迫るノンフィクション。(解説/江刺昭子)
内容(「BOOK」データベースより)
1965年、夏の甲子園。炭鉱町・大牟田の三池工業高校が、初出場・初優勝を成し遂げた。栄光へと導いた監督は、原貢。巨人軍の四番打者を務めた原辰徳の父で、球界のエース菅野智之の祖父にあたる。その快挙は、三池闘争や粉塵爆発事故に打ちひしがれていた町を大きく熱狂させた。語り継がれる厳しい指導法や、当時の常識を覆す戦術、今も色褪せないドラマを緻密な取材で追ったノンフィクション。
澤宮優著、集英社文庫
私が高専2年生の夏。大牟田の町が喜びに湧き上がった光景を覚えている。地方の公立学校に通う地元の高校生たちによる優勝は、久しく見ることはなくなった。
筆者の澤宮さんは熊本県出身で約20年前からの友人で、たくさんのノンフィクション作品を執筆している。
これを読んで、阪神の眞弓明信選手も大牟田出身だったことを知りました。
本の紹介文から
三池工業高校野球部監督・原貢氏。球界のエース菅野智之投手の祖父であり、元WBC日本代表監督の原辰徳氏の父である。1965年、伝説の甲子園初出場、初優勝に迫るノンフィクション。(解説/江刺昭子)
内容(「BOOK」データベースより)
1965年、夏の甲子園。炭鉱町・大牟田の三池工業高校が、初出場・初優勝を成し遂げた。栄光へと導いた監督は、原貢。巨人軍の四番打者を務めた原辰徳の父で、球界のエース菅野智之の祖父にあたる。その快挙は、三池闘争や粉塵爆発事故に打ちひしがれていた町を大きく熱狂させた。語り継がれる厳しい指導法や、当時の常識を覆す戦術、今も色褪せないドラマを緻密な取材で追ったノンフィクション。
2018年7月22日日曜日
(いただいた本から)『原爆の世紀を生きて ―爆心地(グラウンド・ゼロ)からの出発―』( 米澤鐡志 著)
(いただいた本から)『原爆の世紀を生きて―爆心地(グラウンド・ゼロ)からの出発―』米澤鐡志 著 224頁 定価 本体1400円+税
2018年8月6日発行
本の帯には
「核なき世界への直言!
グラウンド・ゼロの手前750メートルで
被爆した少年が生き抜いた、
激動の戦後社会史。
リベラル市民運動家の、父子相克の自伝。」
とあります。
満員電車のなかで被爆するという体験をもとに、平和への願いを込めて一筋の道をあるいてきた人の誠実な記録です。
【本書の構成】
Ⅰ 戦争中の生活と原子爆弾
Ⅱ 戦後の広島の街で
Ⅲ 峠三吉をめぐって
Ⅳ 京都に移住―学生運動に没頭
Ⅴ 医療の現場で
Ⅵ 父・米澤進のこと
Ⅶ 平和を求めて
Ⅷ 3・11以後―「老後」を反戦平和にかける
<報告>医療汚職の伏魔殿、厚生省
―官・産・医の癒着が生み出す薬害―
米澤鐡志(よねざわ・てつし)
1934年広島生まれ。11歳のとき、爆心から750メートルの満員電車内で被爆。
奇跡的に助かり、中学生のころから反核運動・反戦平和運動に参加。
55年第1回原水爆禁止世界大会に参加。以降毎年参加している。
58年立命館大学に入学、安保闘争を指導。
85年宇治平和の会設立に参加。
60年安保のころから小中学校をはじめ各地で被爆体験講話を行っている。
現在、京都府宇治市在住。
発行所は
アジェンダ・プロジェクト
〒601-8022
京都市南区東九条北松ノ木町37-7
℡&Fax 075-822-5035
E-mail agenda@tc4.so-net.ne.jp
URL http://www3.to/agenda/
FB https://www.facebook.com/agenda.project
2018年8月6日発行
本の帯には
「核なき世界への直言!
グラウンド・ゼロの手前750メートルで
被爆した少年が生き抜いた、
激動の戦後社会史。
リベラル市民運動家の、父子相克の自伝。」
とあります。
満員電車のなかで被爆するという体験をもとに、平和への願いを込めて一筋の道をあるいてきた人の誠実な記録です。
【本書の構成】
Ⅰ 戦争中の生活と原子爆弾
Ⅱ 戦後の広島の街で
Ⅲ 峠三吉をめぐって
Ⅳ 京都に移住―学生運動に没頭
Ⅴ 医療の現場で
Ⅵ 父・米澤進のこと
Ⅶ 平和を求めて
Ⅷ 3・11以後―「老後」を反戦平和にかける
<報告>医療汚職の伏魔殿、厚生省
―官・産・医の癒着が生み出す薬害―
米澤鐡志(よねざわ・てつし)
1934年広島生まれ。11歳のとき、爆心から750メートルの満員電車内で被爆。
奇跡的に助かり、中学生のころから反核運動・反戦平和運動に参加。
55年第1回原水爆禁止世界大会に参加。以降毎年参加している。
58年立命館大学に入学、安保闘争を指導。
85年宇治平和の会設立に参加。
60年安保のころから小中学校をはじめ各地で被爆体験講話を行っている。
現在、京都府宇治市在住。
発行所は
アジェンダ・プロジェクト
〒601-8022
京都市南区東九条北松ノ木町37-7
℡&Fax 075-822-5035
E-mail agenda@tc4.so-net.ne.jp
URL http://www3.to/agenda/
FB https://www.facebook.com/agenda.project
2018年6月21日木曜日
三井三池出身で、大牟田・荒尾の風景を描き続けた江上茂雄さんの絵を紹介したブログがありました。
江上茂雄さんの絵を紹介したブログです。
http://egamishigeoten.blogspot.com/2013/10/5-roadsiders-weekly-20131002vol.html
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これまでたくさんの取材を通して、たくさんのお年寄りと出会ってきた。ものすごいお金持ちもいれば、ものすごい貧乏人もいた。見るからにハッピーなひとも、哀しいひともいた。そうして思い至ったのは、前にも書いたかもしれないが、人生の「勝ち組」と「負け組」というのはけっきょく、財産でも名声でもなんでもない、死ぬ5秒前に「あ~、おもしろかった」と言えるかどうかだという、単純な真実だった。どんなにカネや部下や大家族や奴隷に囲まれても、「ほんとは音楽やりたかったのに」とか「絵を描いてたかった」とか、最後の瞬間に頭に浮かんでしまったら、それは「負けの人生」だ。
僕らはいつも美術館に、「いい作品」を見に行く。でも今回は、そうでなくてもいい。そこにあるのは、もちろんいい作品でもあるけれど、それ以上に静かに輝く「いい人生」なのだから
2018年6月14日木曜日
三井三池出身の画家、江上茂雄さんの展覧会「江上茂雄風景日記」(5月26日から7月8日、武蔵野市立吉祥寺美術館)のご案内
三井三池出身の画家、江上茂雄さんの展覧会「江上茂雄風景日記」(5月26日から7月8日、武蔵野市吉祥寺美術館)のご案内
知人から江上さんの展覧会の案内パンフと招待券が送られてきた。
私の郷土の荒尾にこのような画家がおられるとは知らなかった。どうして東京・吉祥寺なのだろうか。
三池炭鉱でにぎわった大牟田・荒尾地区には、ユニークな人たちがたくさん暮らしていた、と改めて思い知らされた。
パンフの紹介によると
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1912(明治45)年に福岡県山門郡瀬高町(現在の福岡県みやま市)に生まれた江上茂雄は、幼い頃から突出した絵画技量を発揮しながらも、12歳になる年に父を亡くすという家庭環境のもと専門教育課程への進学は望まれず、高等小学校卒業後15歳で三井三池鉱業所建築設計課に就職する。
以後、会社勤めの収入により母・妻と4人の子の生活を支えるかたわら、「画家として生きる」という少年時代の決意を貫き、独学でクレパスークレヨンによる表現を極めていく。
1972(昭和47)年の定年退職後は、それまで暮らした大牟田から隣接する熊本県・荒尾に転居し、度重なる眼病や脳血栓を克服後、1979(昭和54)年から2009(平成21)年頃までの約30年もの間、正月と台風の日を除く毎日、水彩画の道具を担ぎ徒歩で自宅を出発し、その日の制作地を探し当て、1日1枚、戸外で写生による風景画を仕上げるという生活を続けた。
そして、2014(平成26)年2月、2万点以上に及ぶ絵を荒尾の自宅に残し、101歳でその生涯を閉じた。
遠く離れた場所で芽吹く美術の最新動向を常に意識しながらも、自分が生まれた土地を離れることなく、誰に教えを乞うこともせずに、制作者としての己と向き合い続けた江上茂雄。約400点の作品により都内で初めてこの大を紹介する本展では、とりわけ、江上が青年期から描き続けた大牟田周辺、そして定年後に毎日描いた荒尾の《風景画》に焦点を当てている。
それらは、日々、そばに寄り添う自然と対話し続けた江上の足あとをたどるものであり、土地の人々が「路傍の画家」・江上茂雄を目撃した場と時の記録であり、さらには、絵の前に立つ誰かが、自らの過去の記憶に触れずにはいられなくなる風景でもある。
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知人から江上さんの展覧会の案内パンフと招待券が送られてきた。
私の郷土の荒尾にこのような画家がおられるとは知らなかった。どうして東京・吉祥寺なのだろうか。
三池炭鉱でにぎわった大牟田・荒尾地区には、ユニークな人たちがたくさん暮らしていた、と改めて思い知らされた。
パンフの紹介によると
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1912(明治45)年に福岡県山門郡瀬高町(現在の福岡県みやま市)に生まれた江上茂雄は、幼い頃から突出した絵画技量を発揮しながらも、12歳になる年に父を亡くすという家庭環境のもと専門教育課程への進学は望まれず、高等小学校卒業後15歳で三井三池鉱業所建築設計課に就職する。
以後、会社勤めの収入により母・妻と4人の子の生活を支えるかたわら、「画家として生きる」という少年時代の決意を貫き、独学でクレパスークレヨンによる表現を極めていく。
1972(昭和47)年の定年退職後は、それまで暮らした大牟田から隣接する熊本県・荒尾に転居し、度重なる眼病や脳血栓を克服後、1979(昭和54)年から2009(平成21)年頃までの約30年もの間、正月と台風の日を除く毎日、水彩画の道具を担ぎ徒歩で自宅を出発し、その日の制作地を探し当て、1日1枚、戸外で写生による風景画を仕上げるという生活を続けた。
そして、2014(平成26)年2月、2万点以上に及ぶ絵を荒尾の自宅に残し、101歳でその生涯を閉じた。
遠く離れた場所で芽吹く美術の最新動向を常に意識しながらも、自分が生まれた土地を離れることなく、誰に教えを乞うこともせずに、制作者としての己と向き合い続けた江上茂雄。約400点の作品により都内で初めてこの大を紹介する本展では、とりわけ、江上が青年期から描き続けた大牟田周辺、そして定年後に毎日描いた荒尾の《風景画》に焦点を当てている。
それらは、日々、そばに寄り添う自然と対話し続けた江上の足あとをたどるものであり、土地の人々が「路傍の画家」・江上茂雄を目撃した場と時の記録であり、さらには、絵の前に立つ誰かが、自らの過去の記憶に触れずにはいられなくなる風景でもある。
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2018年5月1日火曜日
(いただいた本から)「『君たちはどう生きるか』に異議あり!」
(いただいた本から)
「『君たちはどう生きるか』に異議あり!」(村瀬学著)
副題に、「人間分子論」について議論しましょう、とある。200万部を超えるベストセラーになっている「吉野源三郎『君たちはどう生きるか』」には、「上から見る目」があり、生き方のお手本にはならない、とあえて異議を唱えている。進歩に寄与しない人間を低くみる見方に誘導する人間観になるというのだ。それと違って「大地に生きる」生き方を示し、また「いじめ」に対する問題のとらえかたも提案している。
ああ、本はこのように読みながら、考えることができるのだ、と刺激を与えてくれる。
・・・・・・・・・・・
著者 村瀬 学
発売日 2018年 04月
本体価格 1300円
ISBN 978-4-86565-120-1
判型 四六判・並製
リード文 問題提起の書。本書によって、ベストセラーをもっと有効に活用しましょう。感動の古典的名作といわれ、漫画とあわせて大ベストセラーになっている吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ですが、この本が生き方の模範のようにされていることに異論があります。
解説・目次 問題提起の書
本書によって、ベストセラーをもっと有効に活用しましょう。
感動の古典的名作といわれ、漫画とあわせて大ベストセラーになっている吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ですが、この本が生き方の模範のようにされていることに異論があります。以下の重要な問題が見逃されていると考えるからです。
★人間観…作品の冒頭、コペル君が発見し、おじさんが科学的なものの見方として称揚する「人間分子観」は、この本の根本的なものの見方になっています。しかし、このものの見方の偏重は、進歩に寄与しない人間を排除し、人間ひとりひとりを尊重しない人間観となります。これを作品にそって具体的にみていきます。もちろん対論を提示します。
★すり替え…「貧困」や「格差」は「労働者」の問題に、「共同の意志」と「個人」の問題が「個人」と「個人」の友情の問題にすり替えられています。こうしたすり替えは作品のいたるところに存在します。
★英雄礼賛…文庫版解説の丸山真男氏もさじを投げ、漫画版では削除された「ナポレオン礼賛」の章。上記の人間観が英雄礼賛に結びつくのは必定です。コペル君・おじさんの発想の危うさが際立っています。
★解決法…事件の解決は、「力」にうったえる方法によっています。本当の解決とはいえません。本書の「いじめ」に対する考え方を明確に示します。
著者プロフィール 1949年京都府生まれ。現在、同志社女子大学特任教授。
著書『初期心的現象の世界』『「いのち」論のはじまり』『「あなた」の哲学』『自閉症』『次の時代のための吉本隆明』『徹底検証 古事記』『古事記の根源へ』ほか、多数
「『君たちはどう生きるか』に異議あり!」(村瀬学著)
副題に、「人間分子論」について議論しましょう、とある。200万部を超えるベストセラーになっている「吉野源三郎『君たちはどう生きるか』」には、「上から見る目」があり、生き方のお手本にはならない、とあえて異議を唱えている。進歩に寄与しない人間を低くみる見方に誘導する人間観になるというのだ。それと違って「大地に生きる」生き方を示し、また「いじめ」に対する問題のとらえかたも提案している。
ああ、本はこのように読みながら、考えることができるのだ、と刺激を与えてくれる。
・・・・・・・・・・・
著者 村瀬 学
発売日 2018年 04月
本体価格 1300円
ISBN 978-4-86565-120-1
判型 四六判・並製
リード文 問題提起の書。本書によって、ベストセラーをもっと有効に活用しましょう。感動の古典的名作といわれ、漫画とあわせて大ベストセラーになっている吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ですが、この本が生き方の模範のようにされていることに異論があります。
解説・目次 問題提起の書
本書によって、ベストセラーをもっと有効に活用しましょう。
感動の古典的名作といわれ、漫画とあわせて大ベストセラーになっている吉野源三郎『君たちはどう生きるか』ですが、この本が生き方の模範のようにされていることに異論があります。以下の重要な問題が見逃されていると考えるからです。
★人間観…作品の冒頭、コペル君が発見し、おじさんが科学的なものの見方として称揚する「人間分子観」は、この本の根本的なものの見方になっています。しかし、このものの見方の偏重は、進歩に寄与しない人間を排除し、人間ひとりひとりを尊重しない人間観となります。これを作品にそって具体的にみていきます。もちろん対論を提示します。
★すり替え…「貧困」や「格差」は「労働者」の問題に、「共同の意志」と「個人」の問題が「個人」と「個人」の友情の問題にすり替えられています。こうしたすり替えは作品のいたるところに存在します。
★英雄礼賛…文庫版解説の丸山真男氏もさじを投げ、漫画版では削除された「ナポレオン礼賛」の章。上記の人間観が英雄礼賛に結びつくのは必定です。コペル君・おじさんの発想の危うさが際立っています。
★解決法…事件の解決は、「力」にうったえる方法によっています。本当の解決とはいえません。本書の「いじめ」に対する考え方を明確に示します。
著者プロフィール 1949年京都府生まれ。現在、同志社女子大学特任教授。
著書『初期心的現象の世界』『「いのち」論のはじまり』『「あなた」の哲学』『自閉症』『次の時代のための吉本隆明』『徹底検証 古事記』『古事記の根源へ』ほか、多数
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