2023年5月8日月曜日

『益田っこ  ありがたき不思議なり』(元正章著、南船北馬舎刊)

(いただいた本から)『益田っこ  ありがたき不思議なり』元 正章 (著)

 島根県の益田キリスト教会の牧師、元正章さんから送られてきた。毎月だしている葉書通信「益田っこ」をまとめたものです。元書店員で、牧師になり、長くつきあっている友人です。さりげない言葉の数々が心に染み入ります。

<紹介文から>


本屋人から牧師へ 「神戸っこ」から「益田っこ」へ 益田からコスモスへ そして、あなたへ。

島根県・益田教会に赴任した元本屋人の牧師が綴る、月刊「益田っこ」通信。

「さいわい住むと人の言う」この町(幸町)の住民となって6年、所詮は移住してきたよそ者であれば、この後どこまで経っても「土の人(地元の民)」にはなれないが、「風の人」として振る舞うことで、新鮮さを提供し、土と風とが一体化することで、これからの「益田の風土」を築き上げたいと願う。

 著者について

 1947年神戸市生まれ。日本基督教団牧師。

 早稲田大学政経学部卒。卒業後、ヨーロッパを2年半放浪。帰国後、神戸市内の書店(南天荘書店)に勤務。併行して市民団体「六甲を考える会」代表を務め、街づくり活動に注力する。のちに神戸市議会議員に立候補するも落選。1995年の阪神淡路大震災を経て、52歳の時、書店を辞め、関西学院大学神学部大学院に進み、神学を修める。卒業後、牧師として兵庫県高砂市の曽根教会に赴任。続いて西宮市の甲子園二葉教会を経て、2017年島根県の益田教会に着任。現在に至る。

出版社 ‏ : ‎ 南船北馬舎 (2023/4/28)

発売日 ‏ : ‎ 2023/4/28

単行本 ‏ : ‎ 155ページ

ISBN-10 ‏ : ‎ 4931246389

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4931246386

¥1,650 


2023年5月2日火曜日

松村 明 写真選集「立ち上がる光 EMERGING LIGHT」  

 (いただいた本から)「立ち上がる光 EMERGING LIGHT」

 松村 明 写真選集 Matsumura Akira

A review and recent photo collections

松村 明 (写真), 矢萩 喜從郎 (編集)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 松村さんの毎日新聞写真部時代からお付き合いいただいた友人で、これまでの全仕事を収めた重厚な写真集です。長崎の被爆者たちに正面から向き合い、無言の表情から浮かび上がってくる<気配>を通して、それぞれの人生の<傷痕>を映しだしています。



<紹介文から>

“長崎” の被爆者の顔は、当事者でしか表し得ない深淵を垣間見、

“長崎の破片” は未来永劫へと続く哀しみを抱く。

“影響力を持つ人” は、人それぞれしか発せられない、眼光も含めた雰囲気を捉えることを試みた。

“N.Y.” は、当然抱く筈の活気が剥奪され、鎮魂の場にもなり得る街。

“暦の眺望”、“東京”、“福岡” では、視る人が歴史と対峙しながら、自在に自分の世界へと誘う。

”卒業制作” は私の写真第一歩だが、今もその視座に通底するものがあると思う。

【作品構成】

長崎・長崎の破片 135点、影響力を持つ人 27点、N.Y. 5点、暦の眺望 15点、東京 59点、福岡 7点、卒業制作 5点、総数 253点

¥6,600(税込)

2023年3月20日月曜日

大学卒業後50年目の下宿訪問(阿佐ヶ谷)

大学卒業後50年目の下宿訪問(阿佐ヶ谷)

 早稲田大学を卒業して50年。クラス仲間に神田川花見の会に誘われて上京し、ついでに阿佐ヶ谷の下宿先を訪ねると、まだ残っていた。空き家のようだったが、外観は50年前のまま。ここにはわずか1年しかいなかったが、懐かしい。



2023年1月16日月曜日

ふるさと荒尾を取材して。

 ふるさと荒尾を取材して

 たまたま故郷、荒尾(熊本県)を取材することになった。生まれ育った実家のすぐそばにあった荒尾競馬場跡がスマートタウンになるというのだ。この年齢になって、出生地の取材を依頼されるなんて、この不思議なめぐり合わせに自分でも驚いた。記事はこちら

有明海の夕陽に照らされた「あらお海陽スマートタウン」

計画概要


















解体中だった荒尾競馬場の観覧席













すでににぎわっていた場外馬券売り場

2022年9月8日木曜日

拙著『謀略の影法師ー日中正常化の黒幕・小日向白朗の生涯』を紹介していただきました。

 拙著『謀略の影法師ー日中正常化の黒幕・小日向白朗の生涯』を紹介していただきました。

 「新聞之新聞」(2022年8月25日)筆者は前坂俊之さんです。



2022年7月20日水曜日

(いただいた本から)『人生、晩節に輝く』(前坂俊之著、日本経済新聞出版)

 (いただいた本から)『人生、晩節に輝く』(前坂俊之著、日本経済新聞出版)

毎日新聞時代の先輩、前坂俊之さんから送られてきました。

「何歳になってもヨーイドン(出発)できる。私はヨーイドン教の教祖なのよ」(98歳まで生涯現役を貫いた作家の宇野千代)

定年なし、年齢差別なしの米国では、

65~74歳をベビー・オールド(赤ちゃん老人)

75~84歳をリトル・オールド(小さい老人)

85~94歳をヤング・オールド(若いお年寄り)

95歳以上(真の高齢者)

と、呼ぶ人もいる。

 「老害」ではなく、「老益シニア」として再出発しようと前坂さんは語り掛けています。

・「人の生涯を重くするか、軽くするかは、一にその晩年にある。人は晩年にある。人は晩年が立派でありさえすれば、わかいうちに多少の欠点があっても、世間はこれを許してくれる。私は輝かしい晩年を社会貢献をもって締めくくりたい」(渋沢栄一)

・・・・・・・・・・・・・


【内容紹介】

年齢を重ねて、さらに輝きを増す生き方とはどのようなものか――。凜々しく、清々しい晩年を送った先達の人生から、良い生き方を学ぶ好読み物。

・人生100年時代を迎えるにあたり、シニア世代となってから、どう良く生きるかは私たちにとって大きな課題となります。本書は、老齢となっても活躍した人々のドラマをオムニバス形式で描きます。

・経済人、政治家など、立場は違えど人生終盤に輝く人々には、地位や権力、金などに執着せず、柔軟な精神をもってことにあたるなど共通点も多くあります。その凜々しく、清々しい人生の物語は読む者の心を動かします。

【目 次】

第一章 エジソンも絶賛した日本の元祖ベンチャー起業家 御木本幸吉

第二章 社会事業を無上の楽しみとした「日本資本主義の父」 渋沢栄一

第三章 順境で悲観し、逆境で楽観した石油王 出光佐三

第四章 「玄黙戦略」で昭和天皇の「聖断」を演出 鈴木貫太郎

第五章 終戦を陰で実現させた昭和の傑僧 山本玄峰

第六章 ユーモアを絶やさず、マッカーサーと渡り合う 吉田茂

第七章 マイナスをプラスにする発想転換法で逆転人生 尾崎行雄

第八章 ヒトマネせず、マネされる仕事をした「プロパンの父」 岩谷直治

第九章 創造の神を目指し森羅万象を描き出す 葛飾北斎

第十章 謎に包まれた徳川三代の守護神 南光坊天海

第十一章 「ZEN」の普及で東西文明の懸け橋となった仙人 鈴木大拙

第十二章 七十五歳で復活、経済大国の礎を築いた電力の鬼 松永安左エ門

第十三章 病気と仲よくつき合い、感謝と努力で経営の神様に 松下幸之助

第十四章 人類を飢餓から救ったミスター・ヌードル 安藤百福

第十五章 八十代でも陣頭指揮を執った「トマトの父」 蟹江一太郎

第十六章 六十、七十歳は鼻たれ小僧、男盛りは百から、百から 平櫛田中

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2022年6月21日火曜日

ご案内。「炭都の暮らしと文化ーー昭和の三池・大牟田」が6月4日から7月10日まで大牟田市石炭産業科学館で開催中です。

「炭都の暮らしと文化ーー昭和の三池・大牟田」が6月4日から7月10日まで大牟田市の石炭産業科学館で開かれています。

チラシの写真は、中心部にあったデパート松屋の屋上遊園地の光景です。

ああ、懐かしい!。 







 

2022年5月16日月曜日

(いただいた本から)『村上春樹のタイムカプセル 高野山ライブ1992』(加藤典洋、小浜逸郎、竹田青嗣、橋爪大三郎ほか)

 (いただいた本から)『村上春樹のタイムカプセル 高野山ライブ1992』(加藤典洋、小浜逸郎、竹田青嗣、橋爪大三郎ほか)

 30年以上も前の1992年2月22日、厳冬の高野山で村上春樹をめぐる「ライブ討論会」があった。徹夜で熱く語りあったそのときの記録が今月出版され、「タイムカプセル」のように届けられた。

 1992年とはどんな年だったのか。日本経済のバブルが弾け、冷戦が終結し、「失われた30年」が始まったころだ。混迷する時代のなかで、多くの人が手探りで生き方、考え方を模索していた。

 そこで、そのころの時代の空気を濃厚に反映し、広く読者に受け入られていた村上春樹の作品を手掛かりにして、団塊の世代の論客たちを中心に、時代とどのようにかかわっていくのか、徹夜で語り合ったのだ。

 その後、オウム真理教、阪神大震災、「9・11」からのアフガン、イラク戦争、さらに東日本大震災など多くの事件が起きた。あれから30年、どのように考えて、生きてきたのか、あらためて考えさせられる。

 橋爪氏はいう。

 「いまの時点から当時をみると、こう考えるべきだった。こう行動すべきだった、と思いつく点が多くある。30年の時を経るから、誰でも気がつく。しかし当時、時代の渦中にいた人びとが、それを気づくのは容易でない。この30年、無為でいたわれわれが、どれだけの機会を失ったのか、思い至るだろう。」と。

 さらに「ひるがえって、現在もまた、現在の意味を気づくのが容易でない時代だ。いや、むしろ困難は深まった。」として、「過去」に軸足を置いて、歴史の方向を見つめる意義を強調している。

 私を含め、団塊の世代が後期高齢者世代になり、時の流れにのみこまれていく姿を改めて見つめさせてくれる本だ。

(而立書房刊、2200円+税)

 恥ずかしながら、当時の私の記事を添付しておく。討論の内容をうまく伝えきれていないことを思い知らされる。




2022年5月14日土曜日

(いただいた本から)『ルポ 大阪の教育改革とは何だったのか』(永尾俊彦著、岩波ブックレット)

 (いただいた本から)『ルポ 大阪の教育改革とは何だったのか』(永尾俊彦著、岩波ブックレット)

 
  改革すればするほど、「改善」でなく、「改悪」へ――

 大阪の教育改革を振り返って検証しているが、教育行政が生徒や教師の間で「差別をシステム化している」という指摘を重く受け止めなくてならない、と思う。私の短いコメントも掲載されている。


<出版社の案内文から>

低迷する大阪を教育で立て直すーー。二〇〇八年、知事の「教育非常事態宣言」とともに始まった数々の改革ーー頻回のテスト、学校統廃合、特色ある学校づくりなどーーは現場をどう変えたのか。コロナ下で市長に「学び合う学校」への転換を提言した校長をはじめ、教師、保護者たちの声からこの一〇年を検証する。

580円+税



2022年4月18日月曜日

 

『待ってたぞ! 美術館 大阪中之島美術館開館に寄せて』 中之島芸術文化協議会 編 (著)


一文を寄せました。

2022年2月10日木曜日

2022年3月の読書カフェのご案内。森田真生『計算する生命』(新潮社、2021年4月刊)

 読書カフェ案内文です。

次回の読書カフェは2022年3月26日(土)午後5時から、取り上げる本は、森田真生『計算する生命』(新潮社、2021年4月刊)です。


著者は、前著『数学する身体』(新潮文庫)で小林秀雄賞を受賞しています。『計算する生命』はその続編といったものですが、著者が語ろうとしていることは、人間がいかに数を使って計算し、数の概念の拡張し、計算を進化させ、認識を拡張してきたか。そして人工知能に至る今日、数学する・計算することの意味を私たちに開示してくれます。

(出版社紹介文)

「人が機械を模倣する」計算が加速し続ける現代にあっても、人は、記号を操って結果を生み出すだけの機械ではない。思考し、意味を与え、現実を新たに編み直し続ける「計算する生命」なのだ。小林秀雄賞受賞作『数学する身体』から5年。若き独立研究者が迫る、機械と生命の対立を越え、計算との新たな関係が形作る未来とは。




2022年1月30日日曜日

(いただいた本から)『アルファベット遊戯』青池薔薇館、澪標刊

 『アルファベット遊戯』(青池薔薇館、澪標刊)

アルファベットの文字から自由自在に発想をめぐらした味わい深い詩文集。

はじめに「英字ビスケット」にふれてこうある。
・・・
英字ビスケットは定番のおやつだった
たぶん、あれでアルファベットと出会ったのだろう
お絵描き張に何度も書いて覚えるのだが
漢字より易しいのですぐに頭に入った
・・・
子どもの頃に食べた英字ビスケットを懐かしく思い出しながら、愉快なエッセイの数々をたのしませてもらった。概要は次の目次のとおり。

 筆者には、まだお会いしたことがないが、こう紹介されています。
1954年 東京に生まれる。
本名 Seiji Muto
1992年より2020年まで、28年間の高知暮らしを経て、現在、比叡山の麓に棲息中。

出版社 ‏ : ‎ 澪標 (2021/12/24)
発売日 ‏ : ‎ 2021/12/24
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 80ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4860785274
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4860785277

定価 1800円+税



2022年1月20日木曜日

(いただいた本から)『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

 『芸術のルール 倉本修画文集』(七月堂)

詩人で装幀家の倉本修さんから。いささか難解だが、含蓄のこもった画文集。ひょっとしたら、世界を見つめる眼差しを考えさせてくれ、さまざまな発見につながりそうだ。

<出版社の案内から>


黙示し隠る[画と文]。群を抜く泥濘の中を抜け あなたは□型・○型・△型のヒントを孕む「芸術のルール」を発見するだろう。栞・阿木津英/小池昌代/宗近真一郎/四元康祐

高貴にして、卑俗、卑俗にして、高貴。これが倉本修と最初に会ったときの印象であった。

そして奇妙なことに(と言うべきだろうか)、それがこの散文集を読んだあとの印象でもあった。

文は人なり、人は文なり、と言うべきであろうか。(吉田文憲)


2 箱の中の玉葱
[Onion]

玉葱をユリ科に分類することは、
トラをネコというようなものだ。トラが立派なように
彼女はユリより美しく、橙色の薄皮をまとい燦然と輝くその姿は、
戦旗を翻すオルレアンの乙女のように勲しい。
10センチ程度の立方体の箱の中には一つの子窓があり、皮を剥かれ
た一つの玉葱が見える。正確にはその表被、彼女の白い肌のきらめき
が見える。豊かな収穫の成果を誇る張艶、眩しいばかりの輝きはちょ
うど高麗の陶磁器のようだ。
 触ってみたい、匂いを嗅ぎ、頬ずりしてみたいと誰しも思う。しか
し、彼女は地下茎の女。体内にはちいさな虫を多く内包している。迂
闊に顔を近づけたりしたら、それなりの感染があるだろう。玉葱は茎
に養分をたくわえた葉が何層にも重なったものだから、虫たちはその
各々の透き間に棲むことになる。
 いちばん外の葉から順に、中肉厚虫、肉厚虫、極肉厚虫そしてそれ
らは逆転しつつ、最後には玉葱の芯に到る。虫は芯には辿󠄀り着けない
が、やわらかで芳しいその芯は彼女の精神を形成し、静かに虫以外の
何ものかを受け入れる準備をしている。虫が棲めないはずのそこには、
放角線上に美を貶め諜る小さな何かがいる。何もの?
 彼女は一人一つの箱に棲まいする。特別な栽培? いや、そのよう
なことはない。風が強いと箱との軋轢が起き、僅かな摺音が聞こえる。
彼女の白い肌が傷つかないように、かの乙女の如くしなやかで堅牢な
コートを羽織っていただかねばなるまい。


26 子どもの風景
[The landscape of the child]

よし、という声が聞こえる。かれは紐を引っ張った。その紐が言う。
わたしは息の吸い方を知らない。
わたしは息の吐き方を知らない。
わたしはわたしを支えるべき、なにもかもを知らないのだ。
紐曰く、そも「わたし」とは何なのだ?
 あらかじめ設定された張力の限界を超えたとき、かれはひきち切れ「息の止め方」をはじめて知るのだろう。
 子どもらは、猿にしか興味を示さない。猿に導かれ立派な猿に育つまでの一本の川。その川筋に添うように流れ刻される幾重の轍がみえる…遊戯の跡、病みの跡、戦慄の跡、名をもたない多くの痕跡がある。
喉頭の痛みゆえに、口を噤む猿たちのなんという愛おしさよ。
 「わたしが42年前に受け取った手紙を再び開く気になったのは、不思議な羽根つき猿を見たからです。恐ろしく危険なその生き物は、ばらばらになることで一瞬にして闇に消えてゆきました。それが何なのか、わたしには推し測ることが出来ないのです」アルフレッドは述懐する。
 歳月をかけたちいさな川は大河と合流する。流され、沈んでいった羽根つき猿の残骸は、其処此処に浮かび上がり漸く光りを得る。それらを手にとり、かれは河を憎み涙し、そして嘔吐するだろう。
 わたしはそろそろ此処を去ろうと思う。羽根をもたない息子と二人。
 昊は笑って見送ってくれるだろう。

画文集
2020/05/30発行
A5判変形 148X180 並製

1,980円(税込)

2021年8月9日月曜日

(いただいた本から)『「ありがとう」の構造-日本列島文化論』(とよだもとゆき著)

 『「ありがとう」の構造-日本列島文化論』(とよだもとゆき著)

  東京五輪2020は、国立競技場のビジョンに「ARIGATO(ありがとう)」の文字を浮かび上がらせて、閉幕しました。パンデミック下、複雑な思いで五輪競技を見ているうちに、勝った嬉し涙、負けた悔し涙、それまで支えてくれた人々への感謝の涙にくれる選手たちの姿に感動させられました。力の限り、懸命に自己表現したからこその涙ですが、勝者にも敗者にもともに「ありがとう」との感謝にあふれ、人間讃歌への思いにかられました。

 その「ありがとう」という言葉は、国・民族・宗教に関係なく、時代を超えて広く使われていますが、日本列島の人々がもっとも多く口にする「ありがとう(ありがたい)」という言葉には日本独特の思いがあるようです。直接的には相手への感謝やお礼を表しますが、そこには、自然、万物の存在への心情が込められ、「かたじけない」「すまない」「もったいない」などの言葉と通じる、日本列島独特の「存在観」を滲ませている、と著者は言い、古今東西の文学者、宗教家たちの思想を分析していきます。

 「ありがとう」ということばは、こころが歪んでいるときや、威張っているときには、決して口にはできないものです。また、すべてを自力でやり遂げていると思い込む自信家は、なかなか発しません。そして著者は、こう語っています。

 「ありがたい」とは、「いま・ここに存在する有り難さ」をもって「いま・ここに無い不在(死)を偲びつつ、「いま・ここに生きてある」希有を「ありがたい」と感じ受け止める、その都度のこころもちである。

 新型コロナウイルスのパンデミックを通して人間が自然の一部であり、社会も自然に負っていることを教えられました。同時に、日本の社会の在り方を足元から考えていくときにとても参考になる本です。

オンデマンド (ペーパーバック) ‏ : ‎ 286ページ。2200円

ISBN-10 ‏ : ‎ 480208028X

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4802080286★ ★ ★

【出版紹介文から】

列島の人びとは「主体性がない」「空気に支配されている」と指摘される。要するに、「近代的主体」を確立できていない。これは西欧的「近代」からみれば「負性」である。しかし今日求められる「脱近代」への道行きでは、アドバンテージとなる。

「持続可能な(Sustainable)」を掲げざるをえないほど行き詰まる西欧的「近代」を相対化できるのは、列島の存在観である。

地域・民族の文化を規定するのは、「ある」ということ(存在)の受けとめ方である。欧米と日本列島では、その「存在観」がまったく異なる。違いは、最先端テクノロジー(AI)の世界も反映されるほどだ。

世界的にみれば希有な日本列島の存在観に、今こそ光をあてる。手がかりは、私たちが日々の生活でもっとも多く使う言葉、「ありがとう」(有り難い)や「すみません」(済まない)の言葉に潜んでいる。――古今東西の存在観を通じた、画期的日本列島文化論。

The Structure of Arigato

【目次】

はじめに

<Ⅰ部「ありがとう」の構造>

(1)「ありがとう」の世界

もっとも多く使われる言葉

「ありがとう」の組み立てと歴史

(2)「ある」―西欧と列島の違い

つくられた「ある」 なりなりて「ある」

「ある」を支配する「人間絶対主義」の誕生


(3)「かたじけない」「すまない」「もったいない」

「かたじけない」「もったいない」

「すまない」と「負い」

「負い」を忘れた人間は


(4)「負い」のかたち

本居宣長の「あわれ」と「情(こころ)」

親鸞が受けとめた「存在の光」

石川啄木の人生の「負債(おいめ)」

太宰治の「はにかみ」

<Ⅱ部 列島文化の負性>

(5)カミから神へ

カミの語源

災厄が「たたり」となるとき

(6)存在の召しあげ

「宗教的」か「無宗教的」か

生成の掌握

存在の召しあげ

「鮮やかな転換」と「所を得る」

<Ⅲ部 「ありがたい」の力 ~脱近代への道~>

(7)近代の主役「科学と経済」への疑い

拷問で口を割らせる科学

ケインズとマルクスの近代的限界(二段階論)

(8)近代の二項対立を超えて

二人のノーベル文学賞作家 川端康成と大江健三郎

保守と革新という同床異夢

生産と消費の止揚 「労働」から「感く」へ

(9)「近代的主体を確立できない」というアドバンテージ

OSとしての「列島の存在観」

「われわれ日本人のできる仕事」

【著者紹介】

1947年、東京都に生まれる。早稲田大学第一文学部人文専修卒業(在学中、全共闘運動の波を被る中で、「近代との対峙」が思想的テーマとして浮上する)。2 つ目の出版社で労働争議が勃発。泥沼の10 年争議となる。

以降は出版界から外れ、黎明期を迎えたパソコン系分野の職場を転々とする。創業間もない日本ソフトバンク出版部(現SB クリエイティブ)では、コンピュータゲーム情報誌「Beep」(1984 年末創刊)初代編集長等を務める。2000 年からしばらくは、シニア向サイト「Slownet」(京都)の初代編集長。京の仮住まい生活を通じて、古都(和風)の奥深さの一端に触れる。現在はフリーで執筆・編集活動。取材を請け負い、全国各地を訪ねる。

主な著書に、『吉本隆明と「二つの敗戦」 [新装増補版]』(2020 年)、『青春えれじい 解放区篇』(2019 年)、『労働止揚論』(2018 年)、『村上春樹と小阪修平の1968 年』(2009 年)、『ほっこり京都時間』(2005 年)など。ほかに深海遙名で『村上春樹の歌』(1990 年)、『ユーミンの吐息』(1989 年)など。



 

2021年6月10日木曜日

松下昇の死から25年

  詩人であり、神戸大学造反教官だった松下昇さんが亡くなって25年になる。その教え子から一冊の追悼集が届いた。題して「松下損塾」(夢野中也著)。わが人生に”乾杯”なのか、わが人生は”完敗”なのか。恩師を慕って”損”をしたのか、その”損”をどのように深く受け止めるのか、松下教徒として生きた50年の歩みを綴っている。

 「各方面には連絡はしない。風の便りに任せる。葬式はしない。資料はすべて破棄してもよい」。松下さんはこんな遺言を残して、1996年5月6日、神戸・六甲山の坂道、自宅の近くの路上で倒れ、亡くなった。早朝だったので夜勤の仕事からの帰りの途上だったと思われる。享年60。

 松下さんは神戸大学のドイツ語教師だったとき、大学闘争の中で全共闘運動を支持した。「旧大学秩序の維持に役立つ一切の労働(授業、試験等)を放棄する」という趣旨の文章を掲示板に貼りだし、職務拒否宣言を出した。東京大学に在学していた60年安保闘争で、国会議事堂前で樺美智子さんが亡くなったとき、同じデモ隊の隊列にいたという。

 大学で授業再開後、松下さんは学内で自主講座を開いたが、大学は懲戒解雇処分を決定。裁判闘争を続けながら、学内で「たこ焼き屋」を開いたことでも話題になった。その後の暮らしは極貧だった。障害を抱えていた息子さんは小学校入学式の当日、心臓発作で急逝した。娘さんの修学旅行費用にも不自由し、亡くなるまで背広は2着だけだったという。

 大学入学後、松下さんのそばで付き添うように生きてきた夢野さん(筆名)は8年後に「大学への絶望届」を出して中退。さまざまな職業を転々としたあと、落ちこぼれ救済の学習塾を開いた。

 夢野さんは、松下さんの遺体が寝台車に運ばれる直前、松下損塾の塾生として、たった一人でギターの弾き語りをした。歌は「仰げば尊し」。松下さんの妹さんがおいおい泣いていたという。

 冊子には「長い間、私なりの課題として宿していた松下昇氏のことを書いてみました」との便りが添えられていた。25年前に「松下昇の沈黙」と題して書いた私の記事を思い出し、送ってくれた。

 忘れ去られた教師を長い間、偲び続けている教え子の熱い思いに感動させられた。

・・・・・



2021年5月26日水曜日

(いただいた本から)「リニア中央新幹線をめぐってー原発事故とコロナ・パンデミックから見直す」(山本義隆著、みすず書房)

 (いただいた本から)「リニア中央新幹線をめぐってー原発事故とコロナ・パンデミックから見直す」(山本義隆著、みすず書房)


 「リモートがリニアのニーズを消していき」

       (仲畑流万能川柳、2020年8月9日毎日新聞)

 なぜこの国では、不合理が巨大プロジェクトが暴走してしまうのか。科学史家の山本義隆さんから送られてきた本を一読し、深く考えさせられた。

 コロナ・パンデミックを機に見直すべきものの象徴としてリニア中央新幹線計画をあげているが、その根本を見直すことで福島原発事故後、コロナ禍以後の社会のあるべき形を提言している。


 安倍政権下で事実上国策化した超伝導リニア計画は、深刻なエネルギー問題や大規模な環境破壊を突きつけている。新幹線の4倍もの電力を必要とし、原発稼働が欠かせない。中央一極集中を進め、「6000万人メガロポリス」構想という虚妄、大深度法による環境破壊、さらに巨大事故をいかにふせぐのか、疑問は尽きない。

 もともと総事業費を全額自己負担とするJR東海の計画が、安倍政権下でほとんど公の議論がなされないまま国費が投入され、国家プロジェクトと変質した。その経済性・収益性への予測は甘く、金融の常識を大きく外れたものとなっている。

 日本の政治中枢の権力の私物化、ナショナリズムと科学技術の結びつきによって不合理で時代錯誤のプロジェクトが進行している。コロナ禍以後の、持続可能性が強く求められている世界で、この問題をどう受け止めるのか。決然と、直球で問いかけている。

・・・・・・・・・・・・・

 若いころ、電気関連の技術者の道をおちこぼれ、新聞記者になって国鉄分割民営化を担当した30数年前、宮崎のリニア実験線で試乗し、わくわくしたことを思い出す。10数年前に中国・上海で空港と中心部を結び、商業運転を始めたリニアモーターカーにも乗車したが、何の感動も覚えなかった。

そのリニア「上海トランスラピッド」は試験走行では時速500km超を達成し、乗客を乗せた通常の営業運転でも最高時速430kmと、切符さえ買えば「誰でも世界最高速が楽しめる鉄道」として親まれてきたようだが、新型コロナウイルスの感染拡大のあおりで利用客が激減したという。今春から全列車の最高速度を時速300kmに引き下げたが、乗客が減少する中での運行コスト削減や施設の老朽化などを指摘する声がある。

 いま、地下深くを貫いていくリニア中央新幹線の必要性はまったくもって理解できない。さて、このまま巨大プロジェクトの暴走を見過ごしていいのだろうか。

 

 

2021年5月24日月曜日

(いただいた本から)「訴歌(そか) あなたはきっと橋を渡って来てくれる」(編者阿部正子、皓星社)

 (いただいた本から)「訴歌(そか) あなたはきっと橋を渡って来てくれる」(編者阿部正子、皓星社)

 「抗い、生き、歌った!」と本の帯にある。ハンセン病療養者1000余人もの魂からの叫びが聞こえてくる。「訴歌」とは、過酷な状況のなかで生きていく思い(訴え)を受け止めたいと名付けられた言葉だ。


 ある日突然、隔離された少年・少女や若者や幼い子をもつ母親や父親たちのさまざまな思いが歌われている。世の中から亡き者とされた人々が療養所で俳句、短歌、川柳と出会い、魂と魂がぶつかり合うような環境で歌を詠み続け、まさに歌は命の証(あかし)である。

 病気の進行によって視覚や嗅覚・触覚を失っても、残された身体感覚で四季の変化を感じ、日々の喜怒哀楽、人の生と死、望郷の念……を愛しく、伸び伸びと詠んでいる。

 全国13の療養所の入所者はほぼ1000人、平均年齢は80代後半だという。過酷な体験を聞く機会は失われつつある。ここでは、戸籍を取り寄せて母の死を知った嘆きや、失明して心が穏やかになった歌もあり、目にとまった歌をいくつか紹介する。

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 濃き闇の向(むこ)ふになにが在る思ひ心に持ちて歩みつづける。

                  (赤沢正美)

 口に針くわへ引きつつ縫ひいそぐ夜なべの妻に甘藷焼きけり

                  (長瀬実津緒)

 枕辺に尋ね来ませし我夫よ子供の母を迎へしと言ふ

                  (八代てるみ) 

 身内うすく誰にみとられ逝きましし抄本の母に亡の文字あり

                  (永井静夫)

 見らるるとすくむ思いもなくなりて杖ふりて行く葉桜の道

                  (大津哲緒)

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 この本は「ハンセン病文学全集」(全10巻)に収められた3300余の歌(俳句、短歌、川柳)を抜粋し、少年少女による約300の作品も収められている。「逢いたい」「墓を掘る」「笑い合う」などの小見出しで分類し、それぞれの歌に込められた思いをわかりやすく伝えている。(定価 1800円+税)

2020年11月5日木曜日

(いただいた本から)『料理大好き 小学生がフランスの台所で教わったこと』(ケイタ著)

 (いただいた本から)『料理大好き 小学生がフランスの台所で教わったこと』(ケイタ著)


 1歳で包丁を握り、小学5年生で渡仏。

 幼いころから野良で遊び、台所に立ってきた少年は本場のフランス料理にあこがれ、暮らしの中の料理を学びに友人たちに会いに行く。
「やりたい! 」ことにまっしぐら。親はとめずに、見守り続けた! 300点の写真で見る驚きの成長記録。





推薦のことば〈子どもが作る〝弁当の日″提唱者〉竹下和男

育てたのか? 育ったのか?
「やりたい! 」ことにまっしぐら

山中の農家で暮らす小5の男の子が思い立って、2週間も学校を休んで向かった先はフランス。
そこには彼の家で農業ボランテイアのかたわら美味しい料理を作ってくれた友人たちが待っていた。
本書は、渡欧費はクラウドファンディングで集め、鍛冶屋で作ったマイ包丁を提げ、
行く先々でフランス料理のレパートリーを増やしていった修業記録。
その行動力にあきれ気味の親のもとで、次々と新しい遊び(労働)を体得していく姿に感動!
今は家族に料理をふるまいながら、大工と一緒に自分の家を建てているのだ。
親が子育てを楽しむ秘訣がこの中にある!

ケイタのものに集まってきたとっておきレシピもいっぱい!

農民のスープ/ポトフ/ラタトゥイユ/ポレンタ/農家のラザニア/おばあちゃんの野菜スープ/
豚のフィレ・ミニョン/じゃがいもの牛乳グラタン/クロックムッシュ マダム/コルドンブルー/
クリームブリュレ/鶏肉のフリカッセ・アンシエンヌ風/レモンパイ

目次
はじめに
第1章 ぼくのこと
第2章 フランスの首都 パリ
第3章 アルプスのふもと シャンベリー
第4章 “ 美食の街 " リヨン
第5章 ジェレミーの故郷 トゥールーズ
第6章 料理修業の旅 まとめ
おわりに
子どもって意外とできるんだ ハヤシヨーコ

著者について
2008年神戸市生まれ、長野県伊那市在住。
幼い頃から台所で料理をするほか、なにかを作ることが大好きな小学6年生。
趣味は400ページ以上の世界の名作の本を読むこと。料理は趣味と生活の間の存在。家づくり(大工仕事)にも挑戦中。

発売日 : 2020/11/6
単行本 : 128ページ
ISBN-13 : 978-4916110893
自然食通信社; B5変形版 (2020/11/6)


2020年11月1日日曜日

(いただいた本から)『コーヒーカップの耳 阪神沿線喫茶店「輪」人情話』(今村欣史著)

 (いただいた本から)『コーヒーカップの耳 阪神沿線喫茶店「輪」人情話』(今村欣史著)


 著者は兵庫県西宮市の喫茶店のマスター。常連客のぼやき、つぶやきにそっと耳を澄まし、聞き書きした市井の人々のエピソードの数々を収めている。

 喫茶店のカウンター席では、人はだれもが油断し、ついホンネがポロリとこぼれ落ちる。だれにも話せない秘密や喜びや悲しみ……。だれもが人を愛し、泣き、精一杯に生きている姿が描かれ、ほろりとくる。

 こんな喫茶店がある街に住みたくなる。

単行本 : 224ページ

ISBN-13 : 978-4022516688

朝日新聞出版 (2020/2/20)


2020年9月17日木曜日

(いただいた本から)『父がいた、母がいた。お茶の間があったー郊外に咲いた一輪の家族史』

 『父がいた、母がいた。お茶の間があったー郊外に咲いた一輪の家族史』

島元健作・恵子、雄一編著(非売品)


 「父がいた、母がいた、兄・妹・弟がいた、一家団欒のお茶の間があった。犬がいた。テレビややってきた。蔵書もずいぶんとあった。歌合戦から熱い政治談議までが毎晩繰り広げられたいた。都市郊外にたくさん咲いていたそんな家族の生活史のなかに、現代ではすでに復元しづらくなっている人間と社会の大切な原基が見える」(表紙裏の紹介文から)

 京都の「書砦・梁山泊」の主人、島元健作さんの家族史です。「普遍を伝える家族史」と題してノンフィクション作家の後藤正治さんが跋文を寄せています。